泉涌寺編の続き、である。

ついにお館様の因縁の地、本能寺でございます。

わたくしもここで死にました…
東福寺駅から電車を乗り継いで京都市役所前駅に到着。


さっそく
本能寺に向かったのだがな…

なんというか見栄えが…

ビルに囲まれちゃってましたね…
予約が取れれば宿泊するつもりだったホテル本能寺。

通りに面して本能寺の“看板”がありました。

本能寺の石碑。


本能寺の「能」の字をよく見よ。

右側の“ヒ”ふたつが“去”の字になっています。

何度も焼き討ちに遭っているため、「“ヒ(火)”が“去る”」ことを願って字形を変えているそうです。

脇には「贈正一位織田信長公御廟所」の石碑が建っておる。

ずいぶん御出世なさって…

本能寺の変がなければお館様は征夷大将軍、太政大臣、関白のどれを選んでいたのでしょうか。
総門。

本堂。


見事に改修工事中であった…

残念ながら今回は本堂にお参りできませんでした。

いずれまた訪れたいと思います。
信長公廟。


昨日の安土城に続きわしと御対面じゃ。

当時の本能寺とは場所が違うんですけどね。

本能寺の変の後、元本能寺南町から今の寺町御池下ルの土地に移りました。
本能寺の変、戦没者合祀墓。

お館様とともに散った人々の名前が記されています。


蘭丸の名もあるのう…

力丸殿や坊丸殿も亡くなりましたか…

わたくしの弟たちです。
ここで
T.Kiyomizuさんが合流してくれましたが、その直前に残念ながらだっしーさんが時間切れでお帰りに。

泉涌寺で予定時間をかなりオーバーしてしまったからのう。

思っていたより駅から遠かったので時間がかかってしまいまして。

だっしーさんとT.Kiyomizuさんの御対面が叶わなかったのが残念です。
本能寺の近くにあるお店でおいしいトンカツをいただきました。


キャベツをおかわりしたら大量に盛られて少々ビビッたが…

なんとT.Kiyomizuさんが御馳走して下さいました♪

お忙しいなか駆け付けて下さったうえ、お土産までいただき織田家一同感謝感激でございました。
ここで佐倉純さんとタカムラさんとお別れ。
T.Kiyomizuさんと三人で比叡山延暦寺に向かいました。

…間に合わなかったか。
延暦寺編に続く!!!